横浜遊学記



95:100倍の競争率

先日、オーストラリアのキャンベラ大学に通っている友達が向こうの休みに合わせて帰国してきたので、久しぶりに会って話した。とりとめのない話が殆どだったのだけど、国の教育に対するスタンスとそれを体現したシステムについては感銘を受けるところが幾つかあって、忘れるのももったいないので書いておこうと思う。ちょっと長くなりそうなので興味のある方だけどうぞ。

まず、オーストラリアの大学入試に偏差値はない。これは当然といえば当然かもしれないけど、向こうは科目数が多すぎるために、高校のごく初期の段階から自分の選考したい分野を選ぶらしい。そうやって必要な科目の勉強に集中しないと、難易度の高い学部だったりする場合は合格点を獲得するのが殆ど不可能なんだそうな。文系・理系と大まかに分かれていて、主要の3教科をしっかりと勉強していればそれなりにつぶしが利く日本の入試システムとは随分と違う。

e0026795_302534.jpg日本では、大学で難易度がある程度計れると思う。大体自分の偏差値と大学を見比べて志望校を決めていると思う。併願のパターンとして、第一志望:慶應法、第二志望:慶應経済…のような組み合わせが見られるけど、オーストラリアでは信じられないことらしい。向こうでは優先順位は学部>学校。その分野ごとに有名な学校というのがとてつもなく明確で、学びたい分野のある大学を20校程度(!)リストアップして、片っ端から統一試験の結果を送付するらしい。

そして、浪人という概念がない。なぜかというと、編入が簡単だから。簡単といっても、編入先の大学が定める基準によりけりなんだけど、そもそも受験をやり直す人がいないという事実から見ても、その受け皿は相当大きなものなのだと推測できる。例えば第12希望の大学に入学したとしても、1年勉強頑張って認められれば、第1希望の大学に編入できるということらしい。

最後のとどめは、mature-ageという制度(考え方)。年齢が21歳を超えていた場合、どの大学のどの学部であっても(医学部など特殊なqualificationが必要な学部は別らしいが)、無条件で入学できるというもの。人種も、それまでの学歴も関係ない。学ぶ意思があれば、機会が平等に提供されるようなのだ。mature=「そこでの勉学についていけるかどうか、あなたは自分で判断できるでしょ?」ということらしい。しかし、入学方法の如何にかかわらず、positiveなdescriminationも存在しないので、何もわからず入学するととっても大変な思いをすることになるみたいだけど。

そこまで機会を平等に与える分、学校の学問に対する姿勢は非常に厳しい。彼女のいる学部は、2年で生徒数が半分になったらしい。課題を一つでも出さないと即アウト。学費も自分で払う生徒が多くて、学校とバイトで本当にクビが回らなくなるらしい。ちまみに100倍の競争率というのは、名門の医学部の話。そこでは入学した生徒が200人いたらしいが、無事卒業できたのはなんと2人だったらしい。進級や卒業の基準は絶対評価だと思われるので競争率っていう言葉はおかしいけど。

その分、大学を卒業したということには非常に大きな意味があって、例えば大学新卒の給料は高卒の学生の軽く2倍はいくらしい。奨学金制度も整っていて、例えば統一試験の成績(得点率)が90%以上だと、大方授業料は免除されたりするみたいです。

オーストラリアはいわずと知れた多民族国家。130種類以上の民族があの一つの大陸に肩を寄せ合って暮らしている。日本人も二万人以上住んでいるらしい。普通なら常に民族間の緊張がたえないような環境の中で、異なる民族を強調させて上手く社会を運営していくために、各民族に対して徹底的に機会の平等を与えて、国の支配者や要職につくものに対しての敬いを高い納得感と共に感じさせることで社会秩序を保とうとしたのかもしれない。いや、もっと実際的に、ハイティーンといわれる時期から社会の中での自分の位置づけや還元するものの種類をしっかりと意識させた方がいいと思ったのか。それとも、単純に教育熱心で競争好きな国民性を有していたのかな。

e0026795_351568.jpg僕は日本の大学の、時間を自由に使える文化が好きだけど、ときどきこのシステムは人によっちゃあとてつもなく不幸せになる可能性も秘めてるなと思う。

だれもお尻を叩いてくれない。競争から逃げようと思えば徹底的に避けることもできる。わずらわしい人間関係から逃げようと思えば、とことん孤独になることもできる。

人間が自分の存在を認識する方法って、やっぱり他人の中でもまれるっていうことしかないなと思う(宇宙と交信とか出来ちゃう人は別ね)。競って、全力出して、勝ったり、負けたり、傷つけたり、喜んだり、自信なくしたり。自分がわかんないー!とかってなっちゃう人は、大抵競争とか人間関係から逃げてるんじゃないかなと思う。もしくは自分がほんとはもってるんだけど見たくない目標とか。

痛みを伴わない成長ってなかなかないと思うから、悩んだらとりあえず何かしらに飛び込んでみればなにか分かるんじゃないかな。そういったものに対するコミットメントの有無や高さまで自分で決めれちゃう日本の大学って、やっぱり放任というかそうとう玄人向きに作られてる気がするなー。

そんな大学生活もあと3ヶ月ちょっと。まだまだ味わいつくしてないぞ。
[PR]
by yokohama-yugakuki | 2005-12-09 02:56 | ⑥Issue
<< 96:Oh my Talby.... 94:あなたが本命になれない理由 >>


Diary-Since 2005.7.14
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
Plofile
以前の記事
カテゴリ
フォロー中のブログ
最新のトラックバック
erie fishing..
from erie fishing l..
sliding scal..
from sliding scale ..
alyson hanni..
from alyson hanniga..
cell phone b..
from cell phone bat..
give it away
from give it away
praying mant..
from praying mantis..
ron hamilton
from ron hamilton
website
from website
ford hot rod..
from ford hot rod t..
webmap
from webmap
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧