横浜遊学記



134:Principles should be respected anytime.

e0026795_11382435.jpg企業小説の名手、高杉良(って、この前知ったんだけど)が実在の企業・東洋水産(マルちゃん)の創業からアメリカ支社の飛躍までをモデルに二冊にまとめた小説を読みました。

同名の作品は映画化もされていますが、来週一杯で上映が終わるそうです。

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*「燃ゆるとき/高杉良」角川文庫 ¥590
*「新・燃ゆるとき/高杉良」角川文庫 ¥667
*「ザ・エクセレントカンパニー/高杉良」朝日新聞社 ¥1,700
*映画「燃ゆるとき」

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創業期のどたばたを中心に描いた「燃ゆるとき」の最大の見所は、三井物産をモデルにしたと思われる第一物産とのノレン・予算を巡っての強かなやりとりと、日清食品をモデルにしたと思われる日華食品とのアメリカでの特許闘争。

地道な品質改良を基に着実にソーセージの売り上げを伸ばす東洋水産と、売り上げの上昇の根拠として自社のブランドを使用していることを主張し、株式を譲らない第一物産。契約書を全て公開せずに東洋水産に出向する社員を決定し、現場で9時5時退社、接待三昧、横柄な勤務態度を見せる第一物産の社員。不可解に思った社長が問い詰めると、そこには固辞したはずの"経営監督"の文字。怒りをあらわにするも、全く取り合おうとしない第一物産。

しかし面白いのは、これだけ理不尽なやり取りを続けながらも物産との取引は二冊目の「新・燃ゆるとき」の終盤まで続く。そして、物産の社員の中の何人かは幹部の相談役として味のある役回りを演ずるところ。当たり前だけど、好き・嫌いだけじゃビジネスは回らないし、辛いところでぐっとこらえることで大きな恩を売ることが出来ることもある。人間関係の力学が基本なんだな。

日華食品との特許闘争は熾烈を極める。全く根拠がない、日華食品のアメリカでの特許取得・東洋水産業績悪化の見込みというニュースをN経新聞とグルになって日本全土に流布。間接的な不利益を危惧した政府からは活動を規制され、風説の影響で事実売り上げは落ち込んでゆく。これに業を煮やした社長は、プライスなる辣腕弁護士を雇って日華の社長である安藤を徹底的に叩き潰す。過去の犯罪歴を暴き、カップラーメンの発明者であるという本人の主張もディポジション(宣誓証言)でコテンパンにのしてしまう。しかし強かな安藤は、示談と称して"挨拶料"1億円を請求。あまりに舐められたものだと森(東洋水産社長)が激怒し、この挨拶料の違法性を法廷で訴えることをネタにして事実上の勝訴を収める。

これだけ書くと勧善懲罰な単純構造の話だと思われるかもしれないけど、女性のセクハラ問題などのような上下の力関係が明らかになっている場合(消費者>企業も同じ)の法の下での争い以外では、最終的にどうあがいても無理やりなでっち上げで裁判を起こしてお金を巻き上げることが難しいことが、詳細な裁判の過程をなぞる事で伝わる。多分ここで描きたかったのは、逃げも隠れもせず、安易な妥協策に目もくれず、ひたすらに闘うことを選んだ社長の熱意だけど。

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アメリカ支社の建て直しを命じられた深井と、川森(彼は架空の人物)、彼らをとりまく人々を中心に描く後半の「新・燃ゆるとき(ザ・エクセレントカンパニー)」。映画化されたのはこちらの話です。

一つだけ取り上げるとすれば、ユニオン問題(日本の労組は企業ごとに組織されているけど、アメリカの労組は独立した団体で、企業・従業員の利益と必ずしも合致しないことも多く、闘争に疲弊して倒産する企業もあるらしい)。

この問題に対する対応の仕方も紳士的でモラルの高いものだと思うけど、なにより印象的だったのはユニオンで問題で先頭に立って社員を扇動していたフロアリーダーを解雇せずに雇い続けて、幹部研修まで受けさせたこと。結局小説では彼女は能力を開花させ、幹部として活躍することになる。実際に同じ問題が起きたときにここまでうまく話がまとまるケースばかりではないと思うけど、失敗に関して寛容(同じ失敗に関しては厳しいと思われる)で、短期的な利益だけではなくて、ぐっとこらえて長期的な目線で人の成長を評価しようとする姿勢は、確かに日本企業のよさなんじゃないかなと。一昔前に短期的な能力評価主義を導入して業績が悪化した企業は多いけど、働いている社員の可能性を信じて育てようとするカルチャーとは確かに相反するものかも。

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二冊を通じて一貫していたのは、ブルーワーカーに至るまで社員が「何のために働いているか」という目的意識がはっきりしていて、問題が起こるたびにその原点に戻っていた点。そこがモチベーションの根源であって、"美味しいラーメンでみんなの幸せに寄与するんだ"っていうブレない目的があったから、困難な状況下であっても適切な問題解決の手段を求め続けることが出来たんだと思う。

メキシコの市場に参入しようとしたときに、麺の精製に関して技術的な問題が発覚。メキシコ人の特性を考えればスープの味が合格点であるので売り上げは望めるという状況下で深井が言う、「カップ麺の品質を落とすことは、メキシカンのプライドを傷つけることになります。私は科学者のはしくれとして良心にもとることはできません。」という台詞も、この物語を一貫して貫いている"消費者に対する真摯な態度"っていうテーマを具現してると思う。

メーカーで働く以上、"何のために働いているのか"というテーマ、そして"そのテーマに反することをしていないか自分をチェックすること"を絶対に忘れないようにしないといけないなと戒められた。
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by yokohama-yugakuki | 2006-02-25 12:26 | ②Buisiness
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