横浜遊学記



8:大願時宿舎の思い出

e0026795_22261219.jpg友達と家で遊びながら、いつもうっすらと耳にしていたのがピアノの音でした。ちょうど真上の部屋に住んでいたのがピアノの先生でした。ある日いてもたってもいられなくなって、母親に頼んで先生の部屋に連れて行ってもらいました。そこで生徒との連弾で聴かせてくれたのがアヴェ・マリア(おそらくC.F.グノー)という曲でした。僕はよく覚えていないのですが、夕日に照らされながらの二人のピアノ演奏に甚く感銘を受けたらしく、しばらくはその話しかしなかったそうです。「ピアノを習いたい」からはじまって「ピアノが欲しい」。実家にいくらか援助してもらって、幼い私の望みは全て叶えられました。

YAMAHA系列の教室から鈴木メソッド、町外れのピアノの先生…。幼いながらに頑固だったら敷く、この人から学ぼうと思える先生に出会えるまで相当な数のピアノ教室を回ったようです。そして最終的に出会えたのが鯖江という地区の先生でした。いつも駅まで赤い軽自動車で迎えに来てくれる、きびきびした女の先生。練習法も一風変わったものでした。

習い始めてからしばらくはひたすら和音の聴音。最近よくTVのCMでやっている、先生がぽーんっと和音を引いて生徒が「ドミソ!」と答えるやつです。ただ、20年近く前に聴音をやっている教室は今よりずっと少なかったと思います。そして、ドミソは「ツェエゲ」だった気がします(ドイツ語の音階で発音させられていました)。聴音がちゃんと出来るようになると、一度耳で聞いた曲をピアノで再現できるようになると教えてもらいました。その言葉を信じて練習に励んでいたのですが、私は覚えが余り早くなく、3ヶ月も経つころには母親も少しあきらめムードだったらしいです。

ある日、テレビで流れているラジオ体操の曲に合わせて突然ピアノを引き出したそうです。ようやく脳の中で、音声解析の回路と指の運動神経が連携をとった瞬間でした。

小学校・中学校・高校と、家に帰るとまずピアノを弾いていました。音楽の時間に習った合唱曲から、テレビから流れるヒット曲まで、聞こえる音を片っ端から耳で覚えて弾いていました。今でも、外に出たときにピアノを見つけると思わず触ってしまいます。好き勝手いろんなピアノを触れる楽器屋さんや電気屋さんが大好きです。マレーシアのホテルラウンジではさすがに怒られましたが。

社会人になったらグランドピアノがおける部屋を借りようと思います。
20年来の付き合いの友人のために。

*写真「マヨルカ島のバルデモッサ修道院・ショパンのピアノ」
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by yokohama-yugakuki | 2005-08-04 10:36 | ⑦Identity
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