横浜遊学記



2006年 02月 21日 ( 1 )


130:ライブドア事件とDeath note

e0026795_1171559.jpgYahooのWebnews見てても1~2日に1回更新される程度になってきたライブドア事件(最近は武部幹事長の一件で持ちきりで、事件の核心に関しては何一つ新しい情報がないような)だけれども、まだ特集をかけてる雑誌もいくつかあって、その中でも海外のメディアの記事を要約したCOURRiERというものが少し新鮮。海外のメディアなので、日本の報道を観たあとだと比較的フェアに思える。

事件の源流を98年の金融ビッグバンにみて、株式の持合から時価総額としての企業価値の重視、株式による企業買収が可能になった経緯からライブドアの盛衰を説明する流れは日本のメディアと同じだけれど、いわゆる市場原理主義が生んだ企業の成功例について多少言及してる点がフェアな印象を与えて気がする。

M&Aコンサルティングの手法については、"企業経営者に立ち向かい、合併や資産の処分を手助けすることでマネーを活かしてきた"と評価するあたり、同じ六本木ヒルズってだけで「グレーな会社の仲間かもよー(もちろんこんな風に言及してるわけではないのだけど、数ヶ月前には”ヒルズ族”という呼称でお茶の間でテレビを見ている人に対して同じ穴の狢的なことを印象付けた以上、違いについて明確に説明すべきだと思う。)」って感じで適当に流した報道をしちゃいがちな日本のメディアとはちょっと違うよね。*これはEconomistからの抜粋

駅前のStovesで某IT企業の方とこんな話をしていたのだけど、この事件を"コーポレートガヴァナンスの強化を"とか、"規制緩和に伴う市場監視機能の強化を"っていう風に経済って側面から切って教訓を得るのは当然のこととして、少し気になることがある。

ライブドアがやっていた事は法曹家が100人見て100人が悪いと判決を下すことなのだろうか。会計や法律について専門的な知識を持たない僕がこの質問に答えるのは難しいけれど、仮に、実態を知った法曹家100人が100人、これは完全に違法であると判断したとして、そういう企業が一つ残らず摘発されるのだろうか(そもそも全ての企業に対して公平に詳細に監査することが不可能な以上、不正を働く企業が一つ残らず摘発されるなんて事態は起こりえないと思うけど)。

僕は、NOだと思う。もちろん、摘発されて然るべきだとは思うけど、そうなる場合とそうならない場合があると思う。例えばサービス残業について同じように社員が起訴した場合でも、行政から指導が入ってメディアに報道される場合と、そうでない場合がある。ノルマ達成の為に社員が不正を働いたとして、黙認される場合もある。

e0026795_2483454.jpg法律は全ての人と法人に対して平等な裁きを与えるかもしれないけど、それらを動かしているのが人間である以上、それこそユビキタス社会が実現して(かつ個人情報に対する考え方も180度変わったとして)日本中にマイクとカメラをつけて全ての情報を虱潰しに収集して、かつ、万人に公開するという前提でもない限りはworkabilityに対して100%の信頼を置くのは難しいのかもしれない。

じゃあなんで今回ライブドアは摘発されたんだろう。その企業が存在することで生まれるメリットとデメリットをトータルで考えたときに、デメリットが大きかったからでしょ(もしくは、その企業が存在することでしか社会に対して生み出せない価値が、罪状を黙認させるには小さかったのかな)と思う。

Death Noteという漫画がある。きっと知ってる人も多いかと思うけど、名前を書くとその人間が死ぬというノートがあるという設定の基に、そのノート自体が様々な人間の手に渡っていく。最初の所有者であるライトは、重罪を犯したものを裁いて理想世界を作るという目標の基に殺人を繰り返す。火口という商社幹部の手に渡ると、彼は商売敵を片っ端から殺していく。その時々にノートを持った人間によって殺される人間の属性や理由は全く異なるけど、名前を書かれた人間を裁くというノートの機能はいつだって変わらないし、ある意味平等だ。ノートを手にした人間によって裁かれる人間は全く違うのにも拘らず、世界の人々はそこに唯一絶対の神の存在をみて怯える。

証拠が揃ったあとで裁くのは法律かもしれない。でも、ある人間が罪を犯したことを証明するのは人間なんだよね。そしてその人間は、もちろん出来る限り公平に中立になろうと努めているけど、時代の変遷に全く影響を受けない唯一絶対の善悪の基準がない以上、その基準は多数の人間、もしくは大きな権力を持った人間達の最大公約数的な感情の集合体がベースになってる。

結局、善悪を決めてるのは人間の感情で、それを客観的な事実で裏付けるために査察ってのがあって、罪状によって裁かれる。入り口の部分を人間が決めてる以上、一番重要になるのは"裁くか裁かないかを決めさせる何か"なんだよね。そして、その決定に当たって(Death Noteで言ったらそいつの名前を書くか書かないかを決めるところ)出来る限り感情を排除しようとすればするほど、結局は裁いた後でのメリットとデメリットの比較になるんだよね。今回だったら、それに加えて同様の所業に覚えのある人たちに対しての戒めとこれからの抑止力という意味もあると思うけど。

一人の人間の独断によって裁かれる人間が決まるDeath Noteと、それと比べれば比較にならないほど意思決定が複雑な現実世界。でも、裁くための資源(人と、時間と、お金)が有限である以上、数あるターゲットの中から特定の人間を定めて裁きを与えるっていう部分(Death Noteの魅上はほんと無差別だけど)は全く変わりないなーと。そんなことを思いました。
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by yokohama-yugakuki | 2006-02-21 12:30 | ⑥Issue


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